
撮影:阿野太一 写真提供:水戸芸術館現代美術センター
床座が当たり前だった日本の生活は、いつからか椅子座に変り、私たちの生活様式は一変しました。しかし、そうは言っても、遺伝子に組み込まれた床座への記憶は、そう簡単に一掃されるはずもありません。何よりも日本の住宅では靴を脱いで室内空間にあがるのが当たり前だから、床は汚れにくくなります。つまり、床にゴロリと座り、心身をくつろがせることができるというわけです。そこで注目したいのが、絨毯です(PingMagRISAーピンマグリサが昨年レポートしたホテル四季彩一力の貴賓室にも素晴らしい絨毯がありました)。今回、訪れた会社は山形県にあるオリエンタルカーペットという絨毯メーカーです。もはや日常生活から、切り離せない絨毯という存在。この絨毯を、今も手織りで製造して、絶大な信頼を勝ち得ているのが同社なのです。


絨毯とは何か?
皆さんは、絨毯の歴史はいつはじまったものだと思いますか? 絨毯と聞いて、パッと頭に思い浮かべるものは何でしょう?絨毯を英語で表現すると”carpet(カーペット)”や”rug(ラグ)”ということになります。もしかしたら多くの人は、ヨーロッパやアメリカのようないわゆる西洋の文化を想像するかもしれませんね。しかし、事実はそうではなさそうです。絨毯の歴史、それは人類の歴史とともにはじまったものと言っても過言はないもの。例えば、それは地面の冷たさを毛皮でしのぐものであり、はたまた、それは地面の熱を草木の皮でしのぐものであったそうです。王室に敷かれた絨毯から、原住民の使う絨毯まで、絨毯というものは、世界の至るところで活用されてきたモノなのです。


絨毯、日本の歴史
では、日本における絨毯の歴史はどうでしょう。実は、これも、私たちが想像するよりはきっとずっと古いもののようです。歴史の書物をひもとけば、最初に絨毯が登場するのは、何と、「魏志倭人伝」、卑弥呼のいた、3世紀の頃のことです。そこには、魏の皇帝が女帝卑弥呼に贈ったと記されています。今から遡ること約1800年前に絨毯が日本にやってきていたというのは、スゴイ話です。そして、毛氈(もうせん)と呼ばれるフェルトの絨毯は、8世紀にはつくられていた。さらに、17世紀には、緞通と呼ばれる人の手によって織られる敷物が、佐賀ではじめて織られることになるわけです。「鍋島緞通」「相良緞通」「赤穂緞通」などという言葉が各地で残っているところを見ると、絨毯というものは、江戸の時代には、お金持ちたちの間では、いくらかは普及していたものだったのではないでしょうか。


絨毯の普及
しかし、庶民たちが絨毯を手にするのは、それからだいぶ後のこと、高度経済成長の時代の話です。東京オリンピック、ビートルズ来日、大阪万博などなど、そんな時代まで来てようやく大衆の住宅にも絨毯を購入して、床に敷くという家が増えていったのだそうです。それまでの一般の日本の住居は、畳か板張り(フローリング)ということになるわけですね。思えば、住環境というのはたった数十年で激変をしてしまう。その様子が、絨毯の歴史を追うだけでわかるのは面白いものです。フローリング、畳、そして絨毯、それぞれ長短はありながら、やはり温もりのあるくつろぎ感となると、絨毯の右に出るものはありません。しかも、それが手織りの絨毯となれば、ひと際違った安心感を得られるわけです。そして、この緞通と呼ばれる、手織り絨毯を形にしてきたのが、オリエンタルカーペットという会社なのです。


手織り絨毯のつくり方
さて、それでは、手織り絨毯というものが、一体、どんなものなのかを見るために、ここでは、そのつくり方を一望してみましょう。工程としてあるのは、次の通り、大きくは6つの作業から成っているものです。[1]図案の作成(文様を寸法に合わせて方眼用紙に描く)、[2]合糸(経糸、緯糸、染められ織込み糸の、それぞれの糸をそれぞれの太さによる)、[3]経糸かけ(出来上がる絨毯の横幅に合う経糸を織り付き棒で機に張る)、[4]あぜ拾い(機一面に張った経糸をあぜ棒で一本置きに拾い、緯通しのときの棒を引くことで、緯糸を交差できるようにする)、[5]織り(図案をもとに経糸をつまみ上げ、織り糸を絡ませ片結びをしていく)、[6]緯通し(締金で織込糸を密度が均一になるようにたたき締めながら、緯糸を織りの一緞一緞に織込んでいく)の6工程。手織り絨毯がつくられる工程は、基本的にはこの6つです。


オリエンタルカーペットをオンリー企業にしているもの
しかし、オリエンタルカーペットという会社は、違います。糸を紡ぐ、染める、織るなどの工程の後で、さらにマーセライズ(化学艶出し仕上げ)と呼ばれる磨く工程を入れているのです。こうすることで、絨毯には、優美な光沢と、しなやかな感触が加えられるようになるわけです。マーセライズの工程で行われるのは、織り上がった絨毯を化学溶液に浸してから、ブラシで磨きあげるという作業です。これによって、柔らかく美しく、そして強い絨毯ができあがるというわけです。しかし、このマーセライズという技術が使えるのは、オリエンタルカーペットをおいて他にありません。「元々は、昭和10年頃に、中国から技術者を呼んで学んだものなのです。緞通の製造方法を学ぶ間に、このマーセライズという技術も学んだわけですね。でも、この技術、今は、日本でも、中国でも、他の世界のどの国でも真似できないんです。つまりウチだけにしかできない技術ということになります」(渡邊博明社長)。


驚きの納入先
さて、そんな素晴らしい技術を誇る同社のカーペット、実際に手で触れてみて、驚くのは、その柔らかさと弾性です。一度、肌に触れると、病み付きになって、そこから手を離したくない気持すら沸き上がってきます。日曜日なんかに、この絨毯の上に寝転ぶことができたら、どんなに気持ちがいいことでしょうね。そして、もうひとつ驚かされるのは、そんな素晴らしい手触りの絨毯が納められる先の建物です。それらをズラリと並べてみると、皇居新宮殿、京都迎賓館、最高裁判所、アメリカ合衆国大使館、バチカン宮殿、日本銀行、帝国ホテル、ホテルオークラ、清水寺、大本山増上寺、成田山新勝寺、鶴岡八幡宮、春日大社という具合。どれこれも、威厳に溢れる場所ばかりです。特に、ローマ法王のいるバチカン宮殿というのは、なかなか身近な世界の話ではないだけに、反対にミーハー心をくすぐられてしまいます。「今、現在では、世界的に見ても、大きな面積の手織り絨毯をつくれる会社というのは、本当に少ない。日本では、当社しかありません」(渡邊博明社長)。質の高い絨毯を製造する体制づくりを堅実に長い目で見て行ってきたことが、現在の同社の成功に結びついているわけですね。


絨毯
では、一般の人は、この絨毯をどこで楽しめば良いのでしょう?そんな疑問をお持ちの方には、同社のオンラインショップにアクセスするか、近くの大塚家具に尋ねてみることをお薦めします。小市民には、決して安くはない同社の手織り絨毯ですが、洗えば何十年も極上の肌触りを楽しめるということを考えれば、むしろリーズナブルですらあるのかもしれません(ちなみに、今、同社のオンラインショップでは、戦艦「大和」「武蔵」の長官室ドアマットの復元品というものを販売しています!これは男性の読者には、得も言えないロマンが感じられる一品かもしれませんね)。子供やお年寄りにとっては安全、ホコリや湿気は包み込んで清潔、騒音や振動を抑えるために防音効果も、そしてさらには、エアコン温度を低めに設定しても温度を保ってくれる保温性を考えれば、省エネ効果もありと、いい事尽くめの絨毯。特に、これからやってくる冬の季節には、もってこいかもしれません。畳の良さ、フローリングの良さなど、再び新しい目で見直されてきている床文化。この床文化、地に足をつけて生活をしてきた人類のひとりとしては、見過ごすことのできないことなのかもしれませんね。

取材/鈴木隆文(ピンマグ リサ編集部)
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